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2023年12月28日木曜日

あるいは裏切りという名の猫 4

「なあ、オヤジ」
「お隣のティアラさんってさ」
「すごく気さくで感じがいい人だよね」
「芸能人ってみんなツンケンしていて高ビーだと思ってた 反省しました」
「そういや『トツガー警部』の次のシーズン、女性の新人刑事を投入するんだろう? オヤジ、彼女を推薦してやれば?」
「あの役はオーディションで決まる(俺にそんな権限があるわけないだろう)」
「あたし、あんなおねえさんが欲しかった こんな馬鹿兄貴じゃなくって」
「馬鹿兄貴とは何だよ」
いつのまにか
俺の「領域」がじわじわと
アンジェリスタ母子に侵食されていく
ララは何も仕掛けてこない
あくまでも「善良なる隣人」を演じ続けているのだ
ただそれだけに、日増しに恐怖が募っていった
新進女優のティアラ・アンジェリスタは
とりたてて美人というわけではないが
持って産まれた天才的な演技力と、その人柄の良さで
業界でも「一度は使ってみたい女優のひとり」となりつつあった


2023年12月27日水曜日

あるいは裏切りという名の猫 3

「お待たせ」
「あいかわらず、時間にルーズな女だな」
「ごめんなさい ひさしぶりにあなたに誘われたから何を着ていこうか迷っちゃって」
「ぬけぬけと… それより、何を企んでいる?」
「あら、何のお話?」
「とぼけるな 君の娘…ティアラとか言ったな あの時、俺は堕ろせと言ったはずだ」
「そうだったわね でも、産む・産まないはあたしの勝手でしょう?」
「それに、あの子には父親は産まれる前に死んだと言ってあるわ 今さらあなたに認知してくれなんて言わないし」
「だったら、なぜうちの隣に引越してきた?!」
「信じてもらえないでしょうけれど、ホント偶然よ 知人のロボさんが『新しいマンションに引越すからよかったらどうか』と言ってくれたの あなたがたのお隣だと知ったのは引越してからよ」
「そんな話、誰が信じるものか!?」
「…もう、困った人ね」
「大丈夫よ 新進女優のティアラ・アンジェリスタが実はルーベン・リトラーの隠し子だなんて、マスコミにたれ込む気はさらさらないから」
「……」
「あなたが押しも押されぬトップ・スターならいざ知らず… せいぜい2、3週間ゴシップ誌をにぎわす程度でしょう? かえってあの子のキャリアに傷がつくだけ」
「あの子は俳優としての才能があるの あたしやあなたと違って」
「……」
「…ララ」
あたしとあなたはあの日が初対面
これからも、ただのお隣さんとして、
お付き合いしていくだけ
それでいいでしょう?



あるいは裏切りという名の猫 2

「いい? トイレはここでするのよ 他でしたらメッだからね」
「ところでさぁ、その猫何て名前?」
「トライゾン」
「は? 変な名前」
「フランス語で『裏切り』っていう意味なんだって グウィネスちゃんちの居候のおにいさん(=エース・ウィルド)が名付けたんだ」
「そういえば」
「それによく似た名前のフランス映画※があったな」
「おっ、おやじ博識ぃ♪ さすがは役者のはしくれ」
※注:「あるいは裏切りという名の犬」はあくまでも邦題である 原題は「36 Quai des Orfèvres(オルフェーヴル河岸36番地)」で、映画の舞台となる旧パリ司法警察局の所在地のこと
「あなた、あしたの午前中は家にいらっしゃる? お隣に越してこられた方、アン…アンジェ? あらやだ、ど忘れしちゃった アン何とかさんがご挨拶にうかがいたいと」
「娘さんとルームメイトの画家のお嬢さん、女ばかりの3人暮らしなんですって」
「ほう」
お隣の新しい住人が引越しの挨拶にやって来た
「初めまして、ララ・アンジェリスタと申します」
「………」
「TVドラマ『トツガー警部』シリーズの大ファンですの ルーベンさんが演じたカメイ刑事のあのひょうひょうとした演技、実に素晴らしいですわ」
「…はは おほめいただき光栄です」
「今度はぜひ、ルーベンさん主演のドラマを拝見したいですわ」
「……」
「まあ、こんな時間 そろそろ娘がオーディションを終えて戻ってくるから、これで失礼します」
「あら、娘さんも女優なんですか?」
「は・し・く・れですわ(笑) オーディションを受けては落ちたり落ちたり…たまに受かったりで」
「今日はお話しできてよかったです カメイ刑事の『実物』にお会いできたのが何よりでしたわ」
「またいらしてくださいね …あ、娘さんにもよろしく」
…生きた心地がしなかった
なぜなら、彼女ララ・アンジェリスタは
20年近く前、俺が棄てた女だったのだから

「おきれいな方だったわね あたしと同い年だなんて信じられないくらい」
「元は女優さんだったんですってね おばさんのあたしとは大違い」
「何を言っているんだ、レニィ 君は今でも若くて美しいよ」
「あなたったら、あいかわらずお上手ね(笑)」
軽口を叩きながら、俺は背中にびっしょりと冷や汗をかいていた