「いい? トイレはここでするのよ 他でしたらメッだからね」
「ところでさぁ、その猫何て名前?」
「トライゾン」
「は? 変な名前」
「フランス語で『裏切り』っていう意味なんだって グウィネスちゃんちの居候のおにいさん(=エース・ウィルド)が名付けたんだ」
「そういえば」
「それによく似た名前のフランス映画※があったな」
「おっ、おやじ博識ぃ♪ さすがは役者のはしくれ」
※注:「あるいは裏切りという名の犬」はあくまでも邦題である 原題は「36 Quai des Orfèvres(オルフェーヴル河岸36番地)」で、映画の舞台となる旧パリ司法警察局の所在地のこと
「あなた、あしたの午前中は家にいらっしゃる? お隣に越してこられた方、アン…アンジェ? あらやだ、ど忘れしちゃった アン何とかさんがご挨拶にうかがいたいと」
「娘さんとルームメイトの画家のお嬢さん、女ばかりの3人暮らしなんですって」
「ほう」
お隣の新しい住人が引越しの挨拶にやって来た
「初めまして、ララ・アンジェリスタと申します」
「………」
「TVドラマ『トツガー警部』シリーズの大ファンですの ルーベンさんが演じたカメイ刑事のあのひょうひょうとした演技、実に素晴らしいですわ」
「…はは おほめいただき光栄です」
「今度はぜひ、ルーベンさん主演のドラマを拝見したいですわ」
「……」
「まあ、こんな時間 そろそろ娘がオーディションを終えて戻ってくるから、これで失礼します」
「あら、娘さんも女優なんですか?」
「は・し・く・れですわ(笑) オーディションを受けては落ちたり落ちたり…たまに受かったりで」
「今日はお話しできてよかったです カメイ刑事の『実物』にお会いできたのが何よりでしたわ」
「またいらしてくださいね …あ、娘さんにもよろしく」
…生きた心地がしなかった
なぜなら、彼女ララ・アンジェリスタは
20年近く前、俺が棄てた女だったのだから
「おきれいな方だったわね あたしと同い年だなんて信じられないくらい」
「元は女優さんだったんですってね おばさんのあたしとは大違い」
「何を言っているんだ、レニィ 君は今でも若くて美しいよ」
「あなたったら、あいかわらずお上手ね(笑)」
軽口を叩きながら、俺は背中にびっしょりと冷や汗をかいていた
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