2023年12月27日水曜日

あるいは裏切りという名の猫 2

「いい? トイレはここでするのよ 他でしたらメッだからね」
「ところでさぁ、その猫何て名前?」
「トライゾン」
「は? 変な名前」
「フランス語で『裏切り』っていう意味なんだって グウィネスちゃんちの居候のおにいさん(=エース・ウィルド)が名付けたんだ」
「そういえば」
「それによく似た名前のフランス映画※があったな」
「おっ、おやじ博識ぃ♪ さすがは役者のはしくれ」
※注:「あるいは裏切りという名の犬」はあくまでも邦題である 原題は「36 Quai des Orfèvres(オルフェーヴル河岸36番地)」で、映画の舞台となる旧パリ司法警察局の所在地のこと
「あなた、あしたの午前中は家にいらっしゃる? お隣に越してこられた方、アン…アンジェ? あらやだ、ど忘れしちゃった アン何とかさんがご挨拶にうかがいたいと」
「娘さんとルームメイトの画家のお嬢さん、女ばかりの3人暮らしなんですって」
「ほう」
お隣の新しい住人が引越しの挨拶にやって来た
「初めまして、ララ・アンジェリスタと申します」
「………」
「TVドラマ『トツガー警部』シリーズの大ファンですの ルーベンさんが演じたカメイ刑事のあのひょうひょうとした演技、実に素晴らしいですわ」
「…はは おほめいただき光栄です」
「今度はぜひ、ルーベンさん主演のドラマを拝見したいですわ」
「……」
「まあ、こんな時間 そろそろ娘がオーディションを終えて戻ってくるから、これで失礼します」
「あら、娘さんも女優なんですか?」
「は・し・く・れですわ(笑) オーディションを受けては落ちたり落ちたり…たまに受かったりで」
「今日はお話しできてよかったです カメイ刑事の『実物』にお会いできたのが何よりでしたわ」
「またいらしてくださいね …あ、娘さんにもよろしく」
…生きた心地がしなかった
なぜなら、彼女ララ・アンジェリスタは
20年近く前、俺が棄てた女だったのだから

「おきれいな方だったわね あたしと同い年だなんて信じられないくらい」
「元は女優さんだったんですってね おばさんのあたしとは大違い」
「何を言っているんだ、レニィ 君は今でも若くて美しいよ」
「あなたったら、あいかわらずお上手ね(笑)」
軽口を叩きながら、俺は背中にびっしょりと冷や汗をかいていた


あるいは裏切りという名の猫 1



俺の名前はルーベン・リトラー 
職業、俳優
映画やTVドラマで欠かすことのできないバイプレヤー※である
※注:和製英語で「(演劇・映画などで)助演者、脇役」を意味する 英語ではsupporting actor(actress)という
そう言えば聞こえはいいが、「おそらく一生かかっても主役になれない俳優」と思ってくれてさしつかえない
「あなた、今日のご予定は?」
妻のレニィは超・売れっ子の脚本家である 二流役者の俺がこんなセレブな部屋に住んでいられるのも、妻の稼ぎが(俺よりもはるかに)いいからである
「今日はオフだ」
「あたしは監督と次回作の打ち合わせで午後から出かけます」
「行ってきま~す」
「行ってきます」
「気をつけてね」
結婚して19年、ふたりの子供に恵まれて順風満帆といったところか
「おやじもコーヒー飲む?」
「ありがとう、ブロンソン いただくとするか」
「ねえ、パパ この間から言っている話だけど」
「グウィネスちゃんちの仔猫、あと1匹だけもらい手が見つからないんだって」
「今日も学校の帰りにグウィネスちゃんちに寄ってみたんだ 真っ白でちっちゃくって、すんごく可愛いの」
「ねえ、うちで飼っちゃだめ?」
「ママに訊きなさい」
「え? じゃあ、ママがいいって言ったら飼ってもいいのね」
「そうゆうことだ」
「ママ、早く帰って来ないかな♪」
「デイドラに猫を飼っていいと言ったんだって」
「あの子があんなに必死になってお願いするんですもの ダメだなんて言えるわけがないでしょ」
「ふっ そうだな」
「トライゾン※」という名の仔猫の到来とほぼ時を同じくして、とてつもない「災厄」が我が家に忍びよろうとしていることに、その時の俺はまだ知るよしもなかった
※注:trahison /traizɔ̃ 【フランス語】 1 裏切り、背くこと 2 歪曲(わいきよく)、曲解
今日のブロンソン:わざわざ夫婦の寝室にまで移動してコーヒーを飲むな



「ザ・シムズ3」に登場する中年俳優とその家族を「4」で再現してみました
※参考記事:とあるゲームの人名目録「ルーベン・リトラー」
余談:タイトルの「あるいは裏切りという名の猫」は、2004年公開のフランス映画「あるいは裏切りという名の犬(原題は36 Quai des Orfèvres)」から拝借した 内容は映画とは全然無関係である