2023年12月30日土曜日

あるいは裏切りという名の猫 6

まあ 今は
このかりそめの「凪」が
ずっと続くことを祈るしかない
「ティアラの起用は大成功だったわね」
「あなたがオーディションで強力にプッシュしてくれたおかげよ」
「あら、あたしのプッシュは必要なかったと思うわ だって、アンジェラ役はティアラをイメージして描いたんだもの あの子以外の誰があの役にふさわしいっていうのかしら」
「ルーベンの浮気の虫もこれでしばらくは治まるでしょうね」
「あの人ったらあたしが気づいていないとでも思ってるのね 女房なめんなよって」
「罰として『隠し子』と一緒に仕事をさせるとはおっかない女ね、あなたって」
「あら、ティアラにとっても人気TVドラマのレギュラーの座をゲットできて、お互いWIN-WINでしょ」
「かわいそうに、ルーベン・リトラーは昔の女に復讐されないかとおびえながらこれからも日々を過ごすのね」
「あの人、あなたを棄てたと思い上がっているの 棄てられたのは自分のほうなのにね」
「その『あたしが棄てた男』とあなたが結婚したって聞いた時は正直驚いたわ」
「ふふふ あたしって昔から『廃品回収業者』なの あなた専用の♪」
「ねえ」
「階下(した)に部屋を取ってあるの 今夜は泊まっていけるんでしょう?」
「ええ ブロンソンはサマーキャンプ、デイドラは林間学校で留守だし」
「ふふ 今夜は寝かせないわよ💜」
「うふふ」
「一度訊いてみたかったんだけど」
「あなたって高校時代からあたしの『お古』と寝たがったわよね どうして?」
「あなたを愛しているから💛」
「あなたが触れたものを共有したかった…のかな それに」
「これでもあたし、ルーベンを愛していてよ」
「…あなたの『次』にだけど」
人生は動き回る影 人はみな、哀れな役者に過ぎない
(シェイクスピア作「マクベス」第5幕第5場より)

2023年12月28日木曜日

あるいは裏切りという名の猫 5

ある日、俺はついに妻にすべてを打ち明けた
かつて(レニィと出逢う少し前)大部屋女優のララ・アンジェリスタと付き合っていたこと
ララの妊娠を機に別れたこと(ララは俺が用意した堕胎費用と手切れ金とともに姿を消した)
唐突に現れた娘ティアラのことも…
「それで?」
「ララさんは、あなたに娘の認知を要求したの?」
「いや 娘には父親はとうに死んだと言ってあるそうだ」
「じゃあ、このことをネタにあなたに金品を要求したの?」
「い、いや それもない」
「ならば、問題はないでしょう」
「は?」
「彼女が、ただのお隣さんとしてお付き合いしたいと言うのであれば、そうすればいいだけのこと 何も悩む必要がありまして?」
「し、しかし、あのララが本気でそんな殊勝なことを言うなんて俺には信じられん きっといつか何かを仕掛けてくるばず」
「その時はその時」
そう言って微笑む妻の顔は、俺が今まで見たことがないほど美しく…そして、恐ろしい顔だった
(我われは、ブロンソンとデイドラにはティアラという異母姉の存在はしばらくは内緒にしておくことに決めた)
人気ドラマ「トツガー警部」の新人刑事役アンジェラ・アルバート
業界も注目するこの役を射止めたのは新進気鋭のティアラ・アンジェリスタだった
オーディションの審査委員長だった監督の弁を借りると「彼女以外に誰を選べと言うんだ 彼女こそアンジェラそのもの」だそうな…
実は、俺が演じるカメイ刑事の娘※という裏設定があるのだ(俺もあとから聞かされたが)
※注:カメイ刑事の前妻が産んだ娘 その後母親は娘を連れて別の男性と再婚 姓が変わっているためカメイは彼女が娘であることに気づかないという笑えないエピソード
「…誰が書いたんだよ、こんな脚本※」
※注:「トツガー警部」シリーズは複数脚本家制 メインの脚本家はレニィ・リトラーである
新レギュラーのアンジェラ役はおおむね視聴者に好感を持って受け入れられた
切れ者のくせにどこか抜けているカメイ刑事が、アンジェラがいつ自分の娘と気づくのか
視聴者の間では賭けを始める者もいると聞いた
ともあれ、ティアラ・アンジェリスタがスター俳優への階段を一段上がったことだけは間違いない
「オヤジのこと見直したぜ」
「ん?」
「アンジェラ役のことさ ティアラさんがあの役をゲットできるようオヤジがアシストしたんだろう?」
「はは 何度も言っているが俺は何もやっていない そもそも、この俺にキャスティングに口出しする権限などあろうはずがない」
「あの役をつかんだのはティアラさんの実力さ」
「またまた、謙遜しちゃって」
「クラスでも話題になっているんだぜ、カメイ刑事がいつアンジェラが娘だと気づくのかって こっそりオヤジに訊いてくれなんて俺に頼む奴までいるぜ」
「それは企業秘密だ おまえにも教えられん」
…だいたい、カメイ刑事を演じている俺だって知らないんだから